A blessing in disguise



Lucky38の外で声をかけてきたリージョン兵、ヴァルプス・インカルタ。

シーザーからだと勲章を渡された時、ルシアの手をじっと見つめてたのが気にかかる。
あいつは一体何を見ていたの?。
まさか・・・元奴隷だって気づいた?

いや、それはないだろう。
奴隷の証である焼き印やタトゥーは背中にしかない。見える場所には何もないはずだ。

手が震えてしまったが、勲章を渋々受け取る。
そんなLuciaをまじまじとヴァルプスは見つめる。

シーザーがフォートで待っている、といい残しヴァルプス・インカルタは立ち去って行った。

いや、立ち去ろうとした。
二三歩歩いたところで、思い直したように向きを変え再びルシアへと向かってくる。

あ、と思ったときには右腕を掴まれていた。

何を見ているの。

ヴァルプスの視線の先は、手の甲にある小さな痣。
少し面白い形をしているが、小さな痣なので余り人には気づかれない・・・はずだ。

何故この男は、この痣を熱心に見ているの?なんなの?
恐怖が勝ってしまい、ヴァルプスの手を振りほどくことができないルシア。

そんなはずはない、とヴァルプスが小声で呟くのが聞こえた。
一瞬眉根を寄せ、信じられないといった表情で「ルーなのか?」と聞いてきた。


ルシアをルーと呼ぶ人間はほとんどいない。
それは、奴隷時代を思い出させるものだった。
恐怖に凍り付き、返事をすることもできない。声が出ないのだ。

ヴァルプスが痣を愛おしそうに撫でる。
「お前は・・・ルーなのか?」

その名の呼び方が記憶を呼び覚ます。
「ジーノ・・・?」
奴隷として売られた2つ目の家に、ルシアより少し年上の兄弟がいた。
兄の方は意地の悪い性格で、奴隷たちをよく虐めていた。ルシアとて例外ではない。
その兄からよく庇ってくれたのが弟のルドヴィコで、家族に隠れて「ルー」「ジーノ」と呼び合っていた。
奴隷を所有している家の人間にしては珍しく、ジーノという少年はルシアや他の奴隷たちにも親切だった。


しかし、ルシアが病に罹ると父親が働けない奴隷など不要と言い出し山奥に捨てるように家の者に命じた。
ジーノはなんとかしてルシアを助けようとしたが、父親や兄に殴られ部屋に閉じ込められ手が出せないようにされてしまう。


山中に捨てられ死を覚悟したルシアを助けたのは、偶然通りかかったキャラバン隊の犬たちだった。
ルシアを見つけ、体温が下がらないようにぴたりと寄り添ってくれた。
更にキャラバン隊も親切な人間で、持ち合わせていた薬を飲ませ体力が回復するまで荷馬車に乗せて一緒に行動してくれたのだ。

そういった思い出が脳裏を過る。

しかし。
懐かしさより、見つかってしまったという恐怖の方が大きくヴァルプスの手を振り払って逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
だが、声も出ず足も動かない。


震えるルシアの腕を一層強くつかむヴァルプス。
「俺は、俺は・・・あの時、お前を守ることができなかったことを・・・」
一歩踏み出そうとしたヴァルプスだったが、ラウルが2人の様子に不審を抱き近寄ってくることに気が付いて、さっと掴んでいた腕を離した。


「シーザーがお前を待っている。フォートへ来るといい」
それだけ言い残して、今度こそ後ろを振り返らずにヴァルプス・インカルタが立ち去って行った。


「ボス、大丈夫かい?あいつは・・・誰だ?」ラウルが心配そうに声をかけてきた。
『だ、大丈夫・・・。なんかCaesarが会いたがってるんだって』

ヴァルプスの後姿を不安げに見送る。


「運び屋には勲章と謁見の話をしてまいりました」
「そうか、わかった。よくやったな、ヴァルプス。」
シーザーへ結果を報告し、自室へと戻る。

棚の奥にしまい込んでいた、埃の被った小さな箱を取り出してヴァルプスは眺める。
そこには、おもちゃのような小さな指輪が入っていた。

「今度こそ。お前を・・・。」