倒したリージョン兵の返り血を浴びて、死体の山の真ん中で立ち尽くすルシア。
右肩をしきりに触っている。

それに気づいたブーンが、後ろから声をかけてきた。
「怪我でもしたか?」肩に触れようとした時、体をふいに硬くした。

「ああ、すまん。」触れられたくないようだった。差し出した右手をそっと元に戻す。
「ご、ごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃって。」無理やり笑おうとしているのが、わかる。

「戻って、その血を洗い流せ。怪我ならアルケイドに見てもらうんだな。」
へへへ、と笑って答えずに背を向けて歩き出すルシアを、ブーンはじっと見つめた。


「あらあら。随分と汚れたわね!シャワー浴びちゃいな。」
血の匂いをさせて戻ってきたルシアを見て、キャスが声をかけてきた。
小さく頷きバスルームへと姿を消すルシアを見送り、キャスは新しいTシャツを用意してやった。
「ルシア、新しいシャツここに置いて・・・」
汚れた服を脱いでいるところに遭遇。
右肩に火傷のような引き攣れと肩甲骨付近にタトゥーが刻み込まれているのが目に飛び込んできた。

あっと小さく叫んで、ルシアは慌てて背中を隠そうとする。
「ルシア、あんた・・・怪我したの?」
「ええと・・・あの・・・」
「痛いの?」
大きくかぶりを振る。ちがうの、と口の中で小さく呟いた。
「こっちへおいで」キャスが優しくルシアを抱き寄せる。
火傷と思ったのは、どうやら焼き印の痕のようだ。タトゥーは躍動する牛。これは・・・。思い当たることはただ一つ。
「ルシア、あんたもしかして・・・。」

観念したのかルシアは重い口を開いて、過去にシーザー・リージョンの奴隷だったことを話しだした。

「本当のお父さん、お母さんの記憶はないわ。育ててくれた人たちが・・・奴隷商人でね、5歳の時に売られたの。」
聞いたことがある。孤児を積極的に受け入れて、まるで高潔な人間のような顔をして裏でリージョンに売り飛ばす輩がいると。
「2つの家」
「うん?」
「最初に売られた家で、こっちのタトゥーを入れられてね。」
「5歳の子供に・・・」キャスは青くなった。
「11歳の秋に・・・大きな家・・・私と同じくらいの兄弟がいる家に売られたの。そこで、焼き印を押された。」
ルシアを抱く手に力が入る。このこは、よくここまで生きてきた。

ルシアはキャスの胸に顔を埋めて、小さく笑った。
「もう痛くないよ。時々・・・疼くくらい。」
ルシアはそこで言葉を切った。次の言葉を探しているのか、なかなか出てこない。

「あのね。」
「うん。」
「怖いの。」
そこで言葉を切り、体を震わせた。
「見つかったら、どうしようって。」
「あんた・・・逃げ出したの?」逃亡奴隷を許すほどリージョンは甘くないだろう。見つかった場合、最悪殺される。
「・・・捨てられた。」ぽつりとルシアが呟く。
「え?捨てられた?」
「13歳の時に・・・病気になって。役立たずはいらないって、山の中に捨てられた。」
キャスは言葉が出なかった。確かにルシアの体は年齢にしては、か細い。女性らしいふくよかさも、あまり見てとれない。
でも、だからって。


バスタブからお湯が流れ出ている音がする。
「よし、体冷えちゃうからお風呂に入んな。背中流してあげる。」

「病気して・・・よく生き残れたわね。」
「キャラバン隊の犬が倒れているのを見つけてくれて。すごく運が良かったんだと思う。そのキャラバン隊の人たちも皆いい人でね。」
キャスに背中を流してもらいながら、ルシアは遠くを見るような目で記憶を辿る。
あの犬やキャラバンの皆は、元気だろうか?
「そっか・・・。いつか元いた家の奴に見つかるんじゃないかって思ってるんだね。」
ブーンと一緒に行動していれば、嫌でもリージョン兵と戦うことになる。逃げることもできやしない。キャスは深くため息をついた。

「ブーンには言ってないの?」
「・・・うん。」
湯船に深々と浸かって、ルシアは答える。
「一時的にでもリージョンに関わっていたって・・・言えなくて。」
「馬鹿ね!あんたリージョンに所属していたわけじゃないでしょ!」思わず大きな声がでてしまった。
バスルームに大きく響き渡る。

「ありがとう」

と、そこで外からブーンが声をかけてきた。
「おい、どうした」
ルシアを見ると、必死の形相でキャスの袖を掴んでいる。
まったく、もう・・・と口の中で呟いて、ブーンに答える。
「なんでもないわよ!ルシアの背中流し終わって、これから上がるところだから覗かないで!」
「ば、馬鹿か。誰が覗き見なんかするか。」ブーンが慌てて立ち去るのが聞こえてきた。

「キャスさん、話を聞いてくれてありがとう。」
「馬鹿ね、仲間でしょう?着替えは置いておくから、ゆっくりね。」
へへへ、と笑って肩までお湯に浸かるルシアを残してキャスはバスルームを出た。

「あいつは・・・怪我でもしたのか?」
濡れた手足をタオルで拭いていると、ブーンが近づいてきた。
あんたのせいで・・・、とブーンが悪くないのはわかってはいるが、そういった感情がどうしても湧き上がってしまい、キャスは冷たく「なんで?」と聞いた。
口元に手をやり、視線を泳がす。ブーンにしては珍しく、言葉を選んでいるようだ。
「・・・さっき、右肩をひどく気にしている仕草をしていた。触られるのが嫌なようでな。」
「ふーん。」
「怪我をしていることを隠そうとしているなら、馬鹿なことはするなと言っておいてくれ。」
キャスがブーンを睨みつける。
「あんたが言えば良いんじゃないの。」
「俺が言うより・・・お前やアルケイドのほうがいいだろう。」自嘲気味にそう言うブーンをまじまじと見つめる。

「あんた・・・あんたって・・・」
「なんだ。」
「あんたって、そこなしの馬鹿野郎ね。」

もういい、と呟いてブーンの脇をすり抜ける。
本当に・・・あの男は・・・

腹立ち気に後ろを振り返ると、風呂上がりのルシアにブーンが声をかけていた。
不器用な様子で、ルシアに怪我はないかと聞いているようだ。

「いつか、ちゃんとブーンに伝えなよ、ルシア」

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