Saudade 1

ナジルが険しい顔をしてDiyaabを見つめている。
静かに、だが微かに怒りを含んだ声で問い詰める。

「もう一度、聞いてもいいか」

深い溜息をつき、Diyaabは先ほどナジルに伝えた言葉を繰り返す。
「体が元に戻ることはないだろう。だいぶ良くはなったが。」
ナジルが不機嫌そうに先を促す。
「新人たちも順調に育っているし、前線から退こうと思う。」
「どうしてそうなるんだ。聞こえし者はアンタだけだ。」
「次の聞こえし者が現れるまでは、役目を果たす。正直なことを言うとな、ここは・・・寒いんだ。」

それを言われると、とナジルも困った様子だ。

ウィンドヘルム近くの温泉地に、宿屋でも建てようと思っていること。
情報の収集にも役立つと思うこと。
夜母の声に耳を傾けに5日に一度は来るつもりでいること、などを話して聞かせる。

わかった、とナジルが呟く。
「だが、身の回りの世話をする人間が必要だ。シセロを連れて行け。」
「独りで問題ない。あいつは夜母の世話があるだろう。」
「だめだ。連れて行かないなら、この話はなかったことにする。」


夜母の話を出せば諦めるだろうと思っていたが、シセロは二つ返事でDiyaabに着いて行くことに同意した。
「おい。夜母はこの聖域に置いて行くんだぞ。」
「シセロがここまで通えば問題ないだろう?」
「じゃあ、お前が時々俺の所に来ればいい。」
「だめだよ、聞こえし者。足が痛くて動けないときあるの、シセロは知ってるよ。」
この話はこれでおしまいと言わんばかりにシセロは背を向けた。


ウィンドヘルム近くの温泉地。
隅の方に、ひっそりと小さな宿屋を建てた。
戦争で負傷した親父が湯治のためにと、近隣住民や稀に迷い込んだ狩人たちに説明する。
そう言っておけば、片目が見えず右足を少し引きずるように歩くDiyaabも怪しまれずに済む。

新人たちが受けた依頼の相談を受けることもあり、小さな宿屋にしては毎日人の出入りがあった。

シセロも甲斐甲斐しく、ほぼ毎日のようにDiyaabの様子を見に来ては世話を焼き、また聖域へと戻る日々を過ごしていた。
どれだけDiyaabが休むように言っても、首を縦に振ろうとはしなかった。
シセロの頑固さに時々苛立ちを感じながらも、実際手助けをしてくれる人間がいるのは有難いことに違いない。
聖域の寒さで動きが鈍くなっていた体も少しずつではあるが動きを取り戻しつつはあったのだが。



恵雨の月のある日。
雨続きでひんやりとした日が続いていて、右足の傷が少し疼く。

その日は珍しく客もおらずDiyaab独りきりだった。
ナジルから受け取った手紙でも読むかと戸棚を漁っていると、奥に汚れた布の塊が見えた。

その布は血で汚れたものだった。
Diyaab本人の血だ。
「こんなところにしまってたか。」


「それはなんだい、聞こえし者?」
いつの間にかシセロが背後に立っていた。
思わず隠そうとする手を掴み、シセロが布の塊を奪い取る。
汚れが血だとわかると、怪我でもしたのかと問い詰めにかかった。

「・・・返せ。」
「聞こえし者、これは血だろう?怪我してるのかい?」
「怪我はしていない。それは・・・昔怪我をしたときのものだ。」

Diyaabと睨みあったまま、シセロは布を広げる。
布に包まれていた何かが転げ落ちた。
拾おうとDiyaabが身を屈めるよりも先に、シセロがさっと拾い上げる。

古めかしいが凝った意匠の指輪だった。
どう考えてもDiyaabが身に着けるものとは思えない。
そんなことを考えているシセロの手から、指輪を取り戻すと、Diyaabが珍しく懐かしそうな顔をした。

「むかし、むかしの話だ。」

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