久々にブーンと出かけてLuciaは少し浮かれていた。
それが、キャンプゴルフでの頼まれごとを片付ける、ということだとしても。

ニューベガスに着く頃には日が傾き始めていた。
丁度キャスやベロニカが夕ご飯の支度を始める頃だろう。
お腹空いたね、とブーンと話ながらLucky38へと向かっていた。

急に、右手を掴まれた。

そんなLuciaには気づかず、ブーンは先にLucky38のドアを開けて中へと入る。

振り返ると、そこにはリージョン兵のヴァルプス・インカルタがいた。
リージョンの鎧ではなく、以前シーザーの使いとしてやってきた時のようにスーツを着ている。
ニューベガスでは珍しくもない、ギャンブラー風の服装だ。

ぎょっとしたLuciaは手を振りほどこうとするが、ヴァルプスは掴んだ手を離そうとはしない。
「な、なんなの・・・」ようやく言葉を吐き出すことができた。
「話がしたい。」

Luciaがやってこないことに気が付いたブーンが、扉を開けて外の様子を窺っている。
男に手を掴まれていることがわかると、つかつかと大股に近寄ってきた。
「・・・何をしている。」
暫くの間、ヴァルプスとブーンは睨みあっていた。
Luciaの方に向き直ると、知り合いなのかと尋ねてきた。掴まれた手を凝視しながら。

Luciaが答えるより先にヴァルプスが、昔からの知り合いだと言い放つ。
「久しぶりに会ったんだ、食事でもしようじゃないか。なぁ、ルー?」
その親し気な口調にブーンが眉を顰め、Luciaに視線を投げる。
「む、むかしからの知り合いで・・・ええと、前にお世話になって。あの、ブーンさん先に、も、戻ってて」
しどろもどろに答えるLuciaに、より眉間の皺が深くなるブーン。
深いため息をついた後、早めに戻るんだぞと言いLucky38へと戻って行った。

バルプスはLuciaの腕を掴んだまま、TOPSの方へと歩いていく。
「ちょっと、どこ行くつもりなの?」
「言ったろう。食事だ。」

TOPSの受付では慣れた様子でヴァルプスが話を進めている。
チェアマンがヴァルプスに鍵を渡した。
「ここは五月蠅すぎる。静かな場所へ移動する。」
チェアマンたちの視線を避ける様に、ヴァルプスの後へと続く。

やってきたのはプレジデンシャル・スイート。
奥にある服に着替えろと指示を出して、ヴァルプスは部屋を出て行った。

見ると洋服棚に赤いドレスが掛けられている。
ホテルだから、これに着替えろという事か。・・・確かに今着ている服では、この高級な部屋には似合わないだろう。
ベロニカが喜ぶだろうなと思いながら、ドレスに手を通す。
着替え終わり、ソファやテーブルがある部屋に戻ると、食事が運び込まれてるところだった。



着替えたLuciaを目を細めて見つめるヴァルプス。
向かい合わせに席につくと、Luciaに食事を勧める。
「い、いったい・・・なんなの?」
「昔、洋服を欲しがっただろう。どこかの家の若いのが着ていた赤いドレス。」
あまりに昔の話でLuciaはすぐには思い出せなかった。奴隷時代に、そんなことがあったかもしれないが・・・。

再びLuciaを見つめ、ふとヴァルプスが微笑んだ。
その顔は思い出の中の少年の笑顔と同じだった。
「ルー、思った通り似合ってるよ。」

Luciaに食事をすすめるが、ヴァルプス自身は酒を少し舐める程度だ。
「食べないの?」
「お前の為に用意した食事だ。それに俺は、この辺りの食べ物は食べない。」
そう言いながら、食べ物を口に運ぶLuciaを見つめている。
「見られてると、食べにくい。」
「お前と食事できるのが、嬉しくてな。」

Luciaが食べ終わる頃を見計らって、デザートとコーヒーが運び込まれてきた。
あまりの至れり尽くせりぶりに、Luciaは落ち着かなくなってきた。
「元・・・奴隷に、なんでこんなことするの?」
ヴァルプスの目が、一瞬すうと細くなる。
「俺の父も兄も、もういない。あの時代の事を覚えている人間は、ほとんどいない。更に、お前は病で亡くなったことになっている。」
もう奴隷時代のことを怯えなくていいのだろうか?見つかるかもしれないと、怯えなくても・・・

「・・・さっき一緒にいた男、あいつはNCRだろう。」
「え」
「あいつは、お前のなんなんだ?」
思いがけない方向から直球の玉が飛んできて面食らったLuciaは、「なにって?」と聞き返すのが精いっぱいだった。
そんなLuciaを面白そうに眺めると、そろそろ出るとしようと言い席を立った。

ヴァルプスは奥の部屋にかけてあった洋服を袋に入れると、ドレスのままで戻るといいと言いながら手渡してきた。

「ルー。」
Lucky38の前で別れ際にヴァルプスに名前を呼ばれた。
「昔のことを知っているのは、俺だけだ。」
目を見開いたLuciaを見つめながら、耳元に唇を近づけ「いつでもシーザーリージョンはお前を歓迎する」と囁く。
Luciaの頬に軽くキスをして、ヴァルプスは立ち去っていった。



見慣れぬドレス姿で戻ってきたLuciaを見て、まずラウルが盛大に褒めだした。
「ボス!どうしたんだい。いつもの格好もいいけど、赤いドレス似合ってるな。いいな、ボス」
ベロニカはドレスの生地に興味津々。あれこれと触っては溜息をついた。
アルケイドも、あちこちから眺めて、とても良く似合っていると褒めてくれる。
キャスは、Luciaの表情が硬いことに気が付いていた。

そしてブーンはというと、一瞥だけして何も言わずに部屋から出て行った。

泣きそうな顔になったLuciaの頭を大きな手でリリーが優しく撫でる。
思わずリリーの大きな体にしがみつくLucia。
「褒めるべき時に、言葉にできない男はダメだと婆ちゃんは思うね」
ブーンさんは、赤いドレスが嫌いなのかもよとリリーにしがみつきながら笑おうとする。

後ろからキャスが声をかけてきた。
「Lucia、一緒にお風呂に入ろうか。」前にキャスに奴隷時代の事を話したのも風呂場だった。
「心配かけてごめんなさい」
Luciaの頭にバスタオルをかけて、気にしないのとキャスが呟く。

Luciaがキャスに今日の出来事を話している頃、ラウルがブーンに赤いドレスは嫌いなのかと揶揄うように声をかけていた。
じろりとラウルを睨むと、「赤いドレスが嫌いとか、そういうことではない。」と呟いた。
「ああ、そうか。ボスが誰かに食事に招かれ素敵なドレスを着て戻ってきたことが気に食わないのか。」
ラウルは意地悪く、にやにやしながら言葉を続ける。
「ボスだって、デートくらいするだろうさ。」
グラスに酒を注いでブーンに渡すと、自分もちびりちびりとやり出した。
「相手は誰なんだろうなぁ。ブーン、お前見たか?」
「・・・。」外で見かけた男を思い出し、渋面を作る。

ひとしきりラウルはブーンに絡むと、じじいは寝るとするかねと呟いて部屋を出て行った。

グラスが空になったことに気づき、酒を足しにキッチンへと向かうブーン。
風呂上がりのLuciaが暗がりの中でぼんやりとしているのが見えた。
「・・・電気もつけずにどうした。」
急に声をかけられて驚いたLuciaは目元をこすって、眠れなくてと答えた。
「キャスさんがホットミルクいれてくれたから、これ飲んで寝るよ。ブーンさんは?」
「・・・俺も、これを飲んだら寝るとしよう。」
そう言うと、ブーンはLuciaから離れた場所に座り込んだ。

「・・・今日は、戻るのが遅かったな。」
「ご、ごめんなさい。もっと早く戻るつもりだったんだけど」
「・・・あいつは・・・誰なんだ?」
「え、あ、ええと。あの。」ブーンに責められているような気がして、上手く答えられない。

「言いたくないならいい。」
泣きそうになるのを、ぐっと堪えて「ごめんなさい」と小さく呟き、Luciaはキッチンを出て行こうとする。
ふいにブーンがLuciaの腕を掴んだ。
「・・・何故、泣いている。」
引き寄せようとするブーンの腕を払いのけ、涙声で小さく罵倒した。
「ぶーんさんのばか」



水を飲みにキッチンにきたアルケイドが、今まで見たことがないくらいに酔い潰れたブーンを見つけたのは明け方近くだった。
「一体こんなに酔い潰れるまで飲むなんて、なにがあったんだ。」ブーンを抱えてベッドへと運ぶ。
なにかもぞもぞと呟いていたが、アルケイドが聞き取れたのは「泣かせた」と言う単語だけだった。
目を覚ましたら聞くことにするかと考え、ベッドにブーンを投げ込むとアルケイドは自分の寝室へと戻って行った。