深酒をして泥のような眠りについたブーンが目を覚ましたのは、すでに日が高く昇った昼近くだった。

頭がまだ働かず、体は重い。
喉の渇きを覚えて立ち上がると、まだ酔ったような感覚で足元がふらついた。
こんな酷い二日酔いは久しぶりだ。

幸いなことに、今日は予定が入っていない。
1日自堕落に過ごしても問題はないということだ。

アルケイドがブーンの部屋を覗くと、痛む頭を抱えてベッドに寝転ぶ姿があった。

「やれやれ・・・。二日酔いか?」
「・・・何故、そう思う。」
「お前、昨日キッチンで酔い潰れていたのを覚えていないのか。」

渋い顔をしてアルケイドを見ると、呻き声を上げた。

「何があったんだ?」溜息をつきながら、アルケイドが尋ねる。
再び唸り声を上げるブーン。
「・・・薬と水をくれ。」



アルケイドが薬を手にキッチンへ向かうと、キャスとLuciaがお茶としながら話をしているのが見えた。
「あれ、ブーンは?まだ寝てるの?」キャスが珍しいわね、と呟く。
「ああ、今日は1日動けなさそうだ。酷い二日酔いで潰れてるよ。」
そう言うと、Luciaに向かって薬と水を持って行ってくれないかと頼む。

いつもなら、元気よく返事をするLuciaだったが一瞬迷いを見せた。
「あ、うん。渡してくるね。」アルケイドから薬と水を受け取ると、キッチンを後にした。

「・・・どう思う?」ぽつりとキャス。
「どうって?」
「あの二人、昨日何かあったのかなって思ってるんだよね。」
アルケイドは昨晩のブーンの酔い潰れた様子を思い浮かべたが、何があったのかブーンから聞いていなので話題にあげることは避けた。

「ブーンがLuciaを傷つけるようなことしたら・・・タマ蹴り上げてやる。」
「・・・尻を蹴上げるくらいにしてやってくれ・・・。想像するだけで痛い。」



ひまわり畑の中に愛しい笑顔が見えた。
花をかき分け進んで行くが、なかなか辿り着かない。
腕を伸ばせば、その手を掴めそうなのに。

必死な思いで、ようやく手を掴む。二度と離すものか。

彼女はいつもの笑顔で語り掛けてきた。
「クレイグ。もう、いいのよ。」
「カーラ、待ってくれ。」

ぽつりと雨が顔に当たった。

気が付けば、彼女が、消えていた。

「カーラ!!!!」


目の前にいるのは、大粒の涙をこぼしているLuciaだった。
ブーンに腕を掴まれたまま、声を押し殺して泣いている。

「Lucia・・・?」
「ご、ごめんなさい。」
何故泣いているのか、何故謝っているのか全く理解できないブーンは、掴んだ腕を引き寄せようとする。
「・・・っ!やだっ」
ブーンの腕を振り払い、部屋を飛び出していくLucia。
後を追いかけようと起き上がるが、ぐるりと世界が回ってベッドに再び倒れこむ。

「くそっ・・・!」



Lucky38を飛び出し、気が付けばLuciaはStrip地区北口を出てフリーサイドへと向かっていた。
どこに行く当てもないのだが。

「・・・どうしよう。」
ぼんやりとそんなことを考えていると、急に後ろから殴られた。
振り返ろうとするLuciaを強い力で押し倒す。

フリーサイドの通り魔だ。

武器をと思ったが、何も持たずにLucky38を飛び出してきてしまった。ナイフも銃も持ち合わせていない。
Luciaに馬乗りになり、何度か顔を殴りつける。
庇おうとする腕を払いのけ、持っていたナイフを振りかざして、フリーサイドの通り魔はニタりと笑った。

思わず目を瞑ったその時、重たい物が倒れる音がした。

「あなた、大丈夫?」
助け起こしてくれたのは、小さな銃を持った女性。
「私はリタよ。もう大丈夫だから、安心して。」
リタと名乗る女性に言われて気づいたが、知らぬ間に体が震えていた。思わず涙も溢れ出てくる。



リタが経営しているというカフェへと連れられてきた。
Luciaを座らせると、落ち着くまで休んでてと言い飲み物や薬を用意してくれる。
「ありがとう・・・。ごめんなさい。」
「ゆっくりしてて。・・・あら、いらっしゃい。」
リタは入ってきた客に向かって挨拶をする。

「ルー?お前、何故ここにいる?」

見ればヴァルプス・インカルタがいる。
「え?ジーノこそ、なんで?」
ヴァルプスは質問に答えず、Luciaの顔に手をかけ傷を調べ出した。

「どうした、この傷は。まさかあいつにやられたんじゃないだろうな。」
「あいつ?誰?」
「Lucky38で見かけたあいつだ。」

どうやらブーンのことを言っているらしい。
「ち、違うよ!」
リタが、フリーサイドの通り魔に襲われたのよ、と助け船を出してくれる。
ブーンのことが話題に上がったため、またしてもじわりと涙が溢れてきた。

「何故、泣く。」
「泣いてない!もう帰る!」
ヴァルプスの手を払い除け立ち上がるLuciaに向かって、また遊びにいらっしゃいとリタが優しく言う。



「・・・それで、Luciaに向かって奥さんの名前を呼んだというわけか。」

いつまでもブーンの部屋から戻ってこないLuciaを心配して様子を見に来たアルケイド。
しかし部屋には頭を抱えて寝転がるブーンの姿しかなかった。

Lucky38で暮らしている仲間には、カーラが死んだことは伝えてあった。
何故亡くなったのかを知っているのはLuciaだけなのだが。

「・・・泣いていた。」
「そりゃぁ・・・そうだろう。」
「・・・何故、そうだろうと思うんだ。昨日の夜も、俺はあいつを泣かせてしまった。」

アルケイドはブーンをまじまじと見た。
Luciaの思いを、俺がここでブーンに伝えることはできるが・・・。それは正しいことなのか?
ブーンは本当にLuciaの気持ちや自分の気持ちがわかっていないのか?

部屋の外で微かに音がしたことに気が付いたアルケイドは、そっと視線をドアへと向けた。
ドアに隠れる様にしてLuciaが中の様子を窺っているのが見えた。

「少し休め。そしてよく考えろ。」

「Lucia。」
アルケイドが優しく声をかける。
見れば顔や手に擦り傷が沢山出来ている。さっきまで泣いていたのか、目も腫れている。
Luciaが何も言わずにアルケイドに抱きついてきた。

「どうした?傷だらけじゃないか。」
優しく、その頭を撫でてやりながらブーンに聞こえる様に、あえて少し大きな声で話をする。
「・・・フリーサイドで・・・襲われちゃった。武器、持って行くの忘れて。」
部屋の中でブーンが身を起こすことが聞こえてきた。

怪我の手当てはもうしてもらったから大丈夫だよ、と笑うLucia。
さっきブーンさんに何も言わずに飛び出しちゃったから、謝らないと。

「Lucia。」いつになくアルケイドが真剣な声で名前を呼んだ。
「なぁに、先生。」
「ちゃんと自分の気持ちを伝えてごらん。」
優しくLuciaの頬にキスをして、ブーンの部屋へと押し込んだ。

ブーンが渋面を作ってベッドに腰かけているのが見えた。
「さ、さっきはごめんねブーンさん。なんか折角カーラさんの夢を見てたのに、起こしちゃって。」
一気に捲し立てるLuciaをブーンはじっと見つめていた。

そして呻き声を上げながら立ち上がると、Luciaの腕を掴み胸の内に掻き抱く。

一瞬何が起こったのか理解できなかったLuciaは、驚きすぎて声がでない。
「・・・すまん。」

「わ、わたし」
「・・・うん。」
「カーラさんじゃないの。」
「・・・うん。」

ドアをそっと締め、がんばれよLuciaとアルケイドは心の中で呟いた。

ラウルが大きな声でLuciaを探しているのが聞こえてきたので、慌ててそれを制する。
「そっとしておいてやってくれ。」
「OK、わかった。でもな。やつがボスを悲しませるようなことをしたら、タマ蹴り上げてやる。」
せめてケツにしてくれと言いながら、2人はキッチンへと戻って行った。