温泉で骨休めをした闇の一党のメンバー。
中でもDiyaabはかなり右足の調子が良くなったと感じでいた。
完全に仕事に復帰するには、まだ時間がかかりそうだが・・・荷物にだけはならないようにしようと日々リハビリに励んでいる。
そんな折、ナジルが以前身に纏っていたマントと同じものを手にやってきた。
「そろそろ、いいんじゃないか?」
「・・・。」
「いつまでも商人風の男が、この場所に出入りしているのもおかしいだろう。着替えておくんだな。」
やれやれ、と溜息をつき服を着替えることにしたDiyaab。
ついでに伸びきった髪と髭も整えておくか。
白くなってしまった髪は元には戻らないが、以前と同じように短くし髭も剃り落とす。
足の調子も悪くないし、シャドウメアで遠出してみるか。
シセロとLadyに声をかける。
「・・・!聞こえし者!!」シセロが目を大きく見開いて、Diyaabを見つめる。
「前と同じだ!戻ったんだね、聞こえし者!」
大喜びしてシセロはその場でステップを踏む。
「・・・まて、シセロ。足は完治していないし、目も戻らん。」
「それでも、少しずつ良くなってきてるじゃないか!嗚呼、母よ!シセロの願いを聞いてくださったんだね!」
嬉しそうにLadyと共に、ドーンスターの聖域を飛び出していく。
シャドウメアに跨り、山中の小さな家へと向かう。
ここへ来るのも久しぶりだ。
静寂に耳を傾け、景色を無言で眺めるDiyaabをシセロがじっと見つめている。
「・・・なんだ?」
「すごくすごくシセロは嬉しいんだ!母が願いを叶えてくださった!」
「・・・一体何を願ったんだ。」
シセロが急に、ぐいと体を近づけてきた。
思わず身を引くDiyaab。
足に痛みが走る。足を庇おうとした時、強い風が吹き体がよろめいた。そのまま、高台から足を踏み外す。
まずい。
「聞こえし者!!!!」
どのくらい時間が経ったのか。
幸いにして雪がクッションとなり、大きな怪我をしなくて済んだようだ。
Diyaabを助けようと、シセロが手を伸ばしてきたところまでは覚えている。そうだ、シセロはどうした。
立ち上がろうと手を着いた時、シセロの服の端が見えた。
慌てて雪を掘り、シセロを助け出す。顔に無数の擦り傷が出来ているが、多量の出血は見当たらない。
「おい、シセロ。」頭を打っている可能性を考え、揺すらずに声をかける。
目を覚ます気配がない。気を失っているのか・・・。
Ladyの遠吠えが聞こえた。シャドウメアとLadyを呼び寄せる。
シセロを抱きかかえ、シャドウメアの背に乗せると一路ドーンスターの聖域を目指す。
「・・・シセロ大丈夫かな?」
「バベット、薪をもう少しくべて火を強くしてくれ。」
傷だらけになりながらシセロを抱えて戻ってきたDiyaabから、ナジルがシセロを引き取りベッドへと寝かせる。
濡れて冷え切った体をまずは暖めろとナジルが言う。
服を着替えシセロの元へ戻ろうとすると、部屋から叫び声が聞こえてきた。
「ここはいったいどこだ!!!!俺は何故こんな所にいるんだ!」
「シセロ、落ち着け。一体どうしたんだ。」
周りを疑い深い目で見ながら、叫ぶシセロ。
落ち着かせようと声をかけるが、聞く耳を持たない。
ベッドから立ち上がり逃げだそうとしたが、足首を捻って倒れこんでしまった。
手を貸そうとすると、振り払われた。
ぎらぎらと怒りに燃える瞳で憎々し気にDiyaabを見つめる。
Diyaabの知っているシセロの姿ではない。これは、一体誰なんだ。
「俺は、シェイディンハル聖域で夜母を守っていたんだ!うるさい、うるさい!俺を笑うな!!」
以前に見たシセロの日記を思い出す。シェイディンハル聖域。ファルクリースの聖域へ来る前にいた場所だ。
「・・・シセロ。ここはSkyrimだ。Skyrimのドーンスターの聖域だ。」
「Skyrimだと?何故そんな田舎に俺が来なければならないんだ。お前は一体誰だ?!」
「・・・俺は、聞こえし者だ。」
Diyaabが聞こえし者と名乗った瞬間、シセロが飛びかかってきた。
思わず手にしたナイフを叩き落し、床へシセロを押し倒す。
「離せ、この野郎!お前もラシャのように聞こえし者を騙るのか!母に対する何たる侮辱!」
騒ぎを聞きつけナジルが駆け付けてきた。
「どうしたんだ!?」
Diyaabとシセロを引き離し、何が起こったのか話を聞く。
どうやらシセロは高台から落ちた時の衝撃で、少し前の記憶を失っているようだ。
ナジルはワインをシセロに飲ませ、ひと眠りさせることにした。
眉間に皺が寄ったまま、眠りに落ちて行くシセロ。
Diyaabとナジルは顔を見合わせて溜息をつく。
「一時的な混乱状態だとは思うが。」
「・・・しばらく様子を見ることにする。皆に危害を加えないよう、俺が見張ろう。」
シセロの元へ戻ると、着ていた道化師の服を脱ぎ棄て暗殺者の鎧に着替えていた。
こちらを睨みつけると、道化師の服をナイフでずたずたに引き裂く。
「おい、何をしている。」
「うるさい、うるさい、うるさい!頭の中で嗤うな!お前は俺が殺しただろう!」
そうか。日記にも書いてあった。最後の仕事で殺した道化師の笑い声が聞こえてくる、と。
「聞こえし者。」
シセロが呼んだ。
驚いて顔を上げると、うっすらと瞳に狂気の色。
「シセロ・・・?」
「うるさい!!!」
そう叫ぶと、シセロは部屋を飛び出していく。
慌てて追いかけると、シセロは夜母の前で足を止めた。
「母よ・・・何故ここに?ここはシェイディンハルではないはずだ。母よ・・・。」
夜母に縋りつく。
Diyaabが後ろから近づいてきたことに気づくと、足を掬い転ばせ、馬乗りになる。
手には愛用の短剣。絶望と怒りと狂気を滲ませた瞳でDiyaabを見つめる。
「シセロ。」
「うるさい!!聞こえし者を騙る輩は俺が許さん!俺は奪いし者だ!」
「お前は・・・守りし者だろう?」
瞳が揺れる。
「母は」
「何故俺の声に応えてくれないんだ。何故だ、何故だ、何故だ!!」
短剣が手から滑り落ちた。かしゃんと音がしたが、気にも留めず母への言葉を口にし続けるシセロ。
ふいにシセロが笑い出した。
瞳には大粒の涙。流れ落ちる涙をそのままに、笑い続ける。
「母よ!愛しき母よ!シセロは・・・シセロは、貴方の声を聞かせて欲しいだけなんだ!」
夜母よ、シセロを再び苦しめなくてもよいではないか。そうじゃないか?
Diyaabは腹の中で思わず独り言ちたが、夜母からの返事はない。
夜母よ。あんたは残酷だ。
「シセロ。」
涙でぐしゃぐしゃになった顔をDiyaabへと向ける。
「聞こえし者ぉ。どうして母はシセロの問いかけに答えてくれないんだ?どうして、シセロじゃダメなの?」
手を伸ばすと、シセロが胸に倒れこんできた。
抱きかかえるような形で背中を撫でてやる。しゃくりあげる声が聞こえる。まるで・・・子供だ。
「シセロ。夜母は、お前の献身をちゃんとわかっている。お前の事を愛している。」
「どうしてシセロに話かけてくれないんだ?どうして?」
「そうだな・・・。」シセロを抱きかかえたまま、考える。
あれこれ逡巡していると、シセロが立てる寝息が聞こえてきた。
やれやれ・・・。
ゆっくりと身を起こすと、シセロを抱きかかえベッドへと運ぶ。
ナジルに、道化師の服を探してもらうか。それとも、このまま暗殺者の鎧の方がいいのか?
そんなことを考えながら部屋を出ようとした時、マントの裾を掴まれた。
振り向けば、シセロがベッドの中からDiyaabを見上げている。
「・・・どうした。」
「聞こえし者が無事でシセロは嬉しいよ。」
先ほどまでいた、狂気に飲み込まれていくシセロは姿を消したようだ。
「ゆっくりと眠るがいい。」
満足そうな吐息をつき眠りに落ちて行くシセロを、Diyaabはいつまでも見つめていた。