香りの魔女と無口な黒猫(1)

私はレティシア。
村はずれの森で小さな・・・そうね、薬局のようなものを営んでいる。
裏の畑や森の中で集めた薬草を調合して傷が早く治るような薬を作ったり、家畜がよく子を産むように餌に混ぜる薬やまじないなんかを行ったり、そんなことをして日々暮らしている。

この家を見つけたのは、2年位前。
魔女だった曾祖母が暮らしていたという家だ。
森に散歩に出かけた時に偶然見つけ母に聞くと、曾祖母が帝都へ出て行くまで暮らしていた家だと教えてくれた。

祖父母や父母は、曾祖母が魔女だったことの多くを語ろうとはしなかった。
どうやら100年前の大戦で亡くなったらしい。帝都を守って死んだそうだ。
その家で暮らしたいと言ったとき、父母は最初はあまりいい顔をしなかった。特に母親が。

元々、薬草を育てたり調合したりするのが得意だった私は、それで生計を立てたいと考えていた。
曾祖母みたいに帝都を守るような魔女にはなれなくても、村の役に立てる魔女にはなれるだろうと。



曾祖母の家には、彼女が書き記した薬の調合の技術やまじないの書物が残されていた。
正式に学んでいない私には、わからないことも多かった。

去年、村で家畜の流行病が出て多くの牛が死んでいった。
私にできたことは、ほんの少しだけ病の進行を遅らせることだけだった。
目の前で、どんどん牛が死んでいくのを見るのが、本当に苦しかった。

そんな時、曾祖母の事を知るという一人の女性が私を訪ねてきた。儀式を受けないか、と言うのだ。
正式に魔女として学ぶためには、使い魔と契約を交わす必要がある。
その儀式を受けろと、女性は言う。
彼女は自分の事を多くは語らなかった。一週間後にエルフルトの町に来てと言い残して、家を出て行った。



そして今日。
目の前で白髪の女性が、私の使い魔を決める儀式を行っている。
女性は、この地区の長だという。

・・・。
ただ、どの動物も怯えて私に近寄ろうとしない。使い魔が決まらないのだ。
こまったなと思った時、「俺がなろう。」と囁く声が耳元で聞こえたような気がした。
長も何かを感じ取ったようで私をじっと見つめている。

「・・・何かが通りましたね。」
『何か?』
「そう。どうやら、その何かに動物たちが怯えているようです。」
『私の使い魔は・・・どうなるのでしょう?』
「・・・今日は決まりそうにありません。明日また訪ねてきてください。」
仕方がない、今日の所は宿に戻るとしよう。そう思って軽く礼をして立ち去ろうとした私の後ろに長が声をかけてきた。

「もし」
振り返ると、長が緊張した面持ちで私を見つめていた。
「もし、明日ここに来るまでの間に出会いがあったとしたら・・・それを連れてきてください。」
『出会い?動物と、ですか?』
「・・・どうでしょうね。動物だと思っておきましょう。」



宿屋へ戻る道すがら、ぼんやりと使い魔は決まるのだろうかと考えながら歩いていた。
何かが通った、ってなんなんだろう?
そんなことを考えていると、家の屋根から黒い物体が降ってきて・・・あっという間に私の持っていた籠の中に飛び込んだ。
通りの角から、首輪を手にした14~5歳くらいの少年が、意地の悪そうな笑みを浮かべてやってくるのが見えた。

「なぁ、きったない黒猫見なかった?」
『黒猫?さぁ・・・?』
「片目が見えない、汚い黒猫。あれ、俺のだから。」にやにやしながら近づいてくる。

『知らないって言ってるでしょ。』
暫し睨みあう。少年が舌打ちしたのを機に、さっさとその場を立ち去る。
振り返らないようにして、宿屋の扉を開け中に入った。

ふう、と溜息をついて籠の中を見ると、黒猫がいた。
右目が開いていない。傷だらけだ。・・・あの少年にやられたのだろうか。
そっと、籠から出してやるとベッドの隅で小さくなっている。

このままにはしておけない。
湯で軽く洗ってやり、傷には持ち歩いている薬を付けてやった。
黒猫は痛みにもじっと耐えている。
宿屋の女将に食事を部屋に運んでもらい、黒猫と分け合って食べることにする。

食事を終えると人心地付いたのか、丸くなって寝始めた。

ああ、もしかして。この黒猫が、長が言っていた出会いなんだろうか。
明日、連れて行ってみよう。

『ねえ、あんた。助けてやったお礼って訳じゃないんだけど、私の使い魔にならない?』
「にゃ」黒猫が小さく返事をした。



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